Kyoto Action ★


沖縄・辺野古への新基地建設に反対し、普天間基地の撤去を求める京都行動★

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2017年3月号コラム⭐️

「カタブイ」  twitter : @yujinaya

 

 家族の転勤で名護市に引っ越したのが去年の4月。辺野古埋め立てや基地問題についてはニュースで何となく知ってはいたものの、高江に関してはほとんど無知に近いものだった。

 名護で暮らし始めて1ヶ月ほど経ったある日、私はやんばるを辺戸岬に向けてドライブしていた。「海がきれいだなあ」「空気が気持ちいいなあ」なんてことを呑気に考えながら車を走らせていると東村に入った。しばらく走ったところで、民家も何もない山の中にぽつんとテントが立っており「ヘリパッド建設反対」という文字が見えた。興味本位で車を止め、恐る恐るテントへ。ちょうどその時当番であった住民の会のIさんにお話を聞くことになった。

 ここは北部訓練場という米軍の施設で、中で何が行われているのか。オスプレイがどういうものなのか。宇嘉川での上陸訓練のこと。住民が反対しているにもかかわらず強制的にヘリパッドを作ろうとしていること。座り込みのこと。国が小学生の女の子を訴えたこと。その時、「これはえらいことが起こっている」と感じた。

 それから2ヶ月。日常の中で、高江のことはすっかり忘れていた。

 ある日の夕方。ふとテレビに目をやると、沖縄県内外からものすごい数の機動隊を動員し高江のあのテントを撤去するというニュースが飛び込んできた。反対する人たちは抗議のために大集会を行うという。5月に聞いた話を思い出し、ただごとではないやり方に違和感を抱いた。その集会に行こうと思った。私は今まで一度も社会運動に参加したことがなかった。これが人生初の運動参加になった。

 炎天下の集会だった。スピーチの内容はよく分からなかったが、みんなで何とかして撤去を阻止しようという思いがひしひしと伝わってきた。日が暮れる頃、いきなり私の車の目の前に駐停車禁止の看板が立てられてしまった。機動隊と集まった人たちの間でひと悶着あり緊張が走った。5月にテントを訪れた時、反対運動は非暴力だと聞いていた。その通り、誰ひとり手を出したり暴力をふるったりする人はいなかった。自分はまだ状況を傍観していた。当時はいきなりルールが都合良く変えられてしまったことへの憤りよりも、自分の車の周りでもみ合いになり車が傷つくことの方がはるかに心配だった。

 その夜はいったん家に帰った。いよいよテント撤去が始まるとされた翌早朝、まだ暗い中高江へ向かった。到着すると、機動隊のバスが赤いランプを回しながら何列にも並んでおり、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。ただヘリパッド建設に反対しているだけなのに、凶悪犯罪者を捕まえるような雰囲気だった。検問をしている機動隊員に聞くと、まだ中に入れるとのことだったので、足早にN1表ゲート前に進んだ。すでに大勢の人たちが集まっており、お年寄りも若い人もいた。

 夜が明けた。朝の日差しの中、機動隊員の塊が何列にもわたって私たちのいる方向へ進んできた。警官に囲まれるのも初めてで、自分は悪いことをしているように感じた。でも、もう後には引けなかった。機動隊は私たちをN1ゲートに近付かせないようにごぼう抜きで排除し、人間の壁を作り、N1方面に行かせないようにした。それに対して、私たちはガードレールの後ろからN1側に回り込むが、また排除された。そうしているうちに、人が倒れたという声を聞いたのでその場に駆けつけ段ボールで倒れた人を扇いだ。話を聞いていると、どうやら機動隊に首を絞められたり殴られたりしたらしい。とにかく暑い日だった。気分が悪くなり倒れる人が何人も出た。N1ゲート付近にいた若い女性が首を絞められ、倒れた。それを見た女性も過呼吸になり、その2名が救急搬送されていった。青空がきれいな、夏の良く晴れた日。風も通らない炎天下。

 ついに、現場のリーダーであった山城博治氏が白旗を上げた。

 山城氏は泣いていた。みんなで歌を歌っていた。N1前のテントは撤去され、資材が次々に搬入されていった。その時、ぱらぱらと小雨が降ってきた。まるで空が泣いているかのようだった。

 その日を境に、高江の座り込みに参加するようになった。最初は週に1〜2回だったが、気が付けば高江が生活の中心になっていた。裏テントにも行くようになった。同世代の方と親しくなり、山の中に入って抗議活動を行う高江ウッズというグループにも参加するようになった。

 ……あれから半年以上が経った。相変わらず米軍機は頭の上を飛び回る。米兵による事件・事故は後を絶たない。仲間が何人も逮捕された。オスプレイが墜落した。辺野古の海が埋め立てられようとしている。

 うちなーぐちで、にわか雨のことを「カタブイ」という。あの日、高江に降ったカタブイ。カタブイの後にはよく、きれいな虹がかかるという。あの日泣いていた空に虹を架けるため、いま自分に何ができるだろうか。

| 沖縄から | 23:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
2017年2月の行動報告⭐️

⭐️ 2月4日  署名10筆、カンパ649円 、参加7名
(たまたまかもしれませんが)
若い人や女性の方が署名してくださった割合が
多かったように思いました。チラシのニュース
にも載せましたがアムネスティからの山城博治さんを
釈放せよという運動もアピールの中で言いました。(y)

 

⭐️ 2月11日 署名 25筆、参加者10名、カンパ3500円 

「今期一番の寒気」という言葉を何度聞いたかわからないぐらい、

厳冬の渦中にいます。今夕の行動も、支えてくださっている方にも、

おつかれさまでした。夕日が東の空をも紅く染めたと思えば、

雪のちらちら舞う京都行動でした。

 

 

いままさに辺野古の海に228個もの巨大なブロックが投入されようとして
いますが、そんなことを許していいのでしょうか。私たちは力を合わせませんか。
参加者のアピールに一見無表情な街頭ですが、チラシを受け取る人も署名に足を
止めてくれる方も多かったと思います。それでも、無反応は最大勢力を保っていて、
厚い氷の壁をどうやって溶かせばいいのかと、悩ましいところです。(k)

 

⭐️ 2月18日  署名20筆、参加者8名、カンパ100円
雨も降って寒かったですけど、寒いわりには署名が多かったです。

 

⭐️ 2月25日  カンパ500円、署名12筆、参加12名

辺野古のゲート前と京都を繋ぐ川口真由美さんのCDデビューを祝す京都ライブからの帰りに川口さん本人も、

沖縄や宮城から来られていた方も街頭へ来て下さって、マイクを手に取ってくださいました。

躊躇うことなく「無関心に驚いた!」と言う言葉に射抜かれましたが、返って良かったのかと思います。
「みなさん、沖縄を知っていますか?沖縄という字をかけますか?沖縄も日本だということを知っていますか?
綺麗な海だけが沖縄ではないことを知って下さい。」そう、何十年と慣らされていると、無反応な中に立っていることにすら無意識になってしまうのだと思いました。こんな京都の街頭を沖縄の人に見せたくなかった、正直そう思い、そう伝えました。
それでもチラシは全てなくなります、心で頷いて下さっている方にも、興味のない方にも、まだ手を繋ぐチャンスは残されている、可能性は大多数にあります。沖縄帰りでうちでワジワジしている方にも捧ぎます、どうか街頭へ。(k)

 

| 活動報告 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
2017年2月号コラム⭐️「ヘリパッドいらない」住民の会の清水暁さんより寄稿いただきました

京都行動の皆さま
いつもお世話になっております。
「ヘリパッドいらない」住民の会の清水暁と申します。
毎週、街頭での沖縄の問題・状況を伝える行動等、本当にお疲れ様です。
街を歩いている人、見ず知らずの人に声をかけるのはとても勇気がいることだと思います。それを2004年から黙々と13年も続けて実践されているということで、本当にすごいです。また、個人の考え方を尊重するというスタイルに共感します。街ゆく人も、そんな姿に足をとめ、沖縄の問題・状況に耳を傾け、考える場が生まれているのではないかと思います。

参議院選挙の翌日、昨年7月22日未明、東村高江に全国から動員された機動隊、防衛局員、県警、警備員を合わせると1000名近くが、一斉に襲いかかって座り込みをする市民、テント等を暴力的に排除、工事を強行してきました。機動隊はその後も居続け、重機・資材・砂利搬入を守る為、市民の前に立ちはだかりました。静かな村に警察車両や機動隊がぞろぞろ連なる異様な日常が続きました。
ダンプを通すために私たち市民を機動隊の人壁に押し込め動けなくしていた時、機動隊の隊長が「皆さん方の安全を守るためです。言うことを聞いてください」と言ったのを聞いて私はぞっとしました。そして「いい加減なこと言うな!」と叫んでいました。

「県民の負担軽減」としながらオスプレイの運用基地を作り、「県民に寄り添う」と言って問答無用に市民を弾圧し強行。違法に何万本もの木を切り、ダンプ4千台の砂利を入れ貴重な自然を破壊する一方で、「世界自然遺産登録」を利用し、東・国頭村長を抱きかかえ建設を進めるなど現政権のやり方はまやかしに満ちています。

オスプレイは墜落の危険があるだけでなく、独特の騒音も問題です。体に響く低周波音は気持ちが悪くなり、その場から逃げ出したい衝動にかられます。
高江では子供を守る為に引っ越しを決心した家庭も現れ始めました。やんばるの森に住む生き物達もこれから凄まじい爆音に脅かされることになります。
辺野古の工事も再開、石垣、宮古、与那国に自衛隊の基地建設も進んでいます。
戦争になれば、真っ先に攻撃されるのは軍事基地です。原発も基地も危険なものは共存できません。見えないところに無理やり犠牲や危険を押し付け、現実をごまかすやり方は許されません。

昨年12/22工事が完成したとして返還式典がありました。しかし、工事は今も続いています。高江の座り込みによる抗議・監視はまだまだ続きます。
まず、この弾圧による不当逮捕者を助け出すこと。そして、命の森・県民の水源地であるやんばるの森から危険な基地を無くすことは皆の責任だと思います。

 

| 沖縄から | 11:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
2017年1月の行動報告⭐️

⭐️ 1月7日  

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

署名5筆、カンパ2000円、参加者10名

「基地に護られてるから仕方ない」という意見のひとと長い議論になりました。
アピールへの無理解や無関心、そして反対意見。そしてそして、寒さ! どれにも負けずにがんばりましょう!(r)

 

 

⭐️ 1月14日

 

⭐️ 1月21日

署名8筆、参加7名、カンパ500円

 

21日の行動もお疲れ様です。
おそらくは今季の厳冬の頂点にいると思われます、寒さに震えながら行動でした。
そんな中、何年かぶりに会うのに見つけて声を掛けてくださる方がおられました。
北海道でも街頭で流しをしてこられていたというツワモノの親娘、「寒いよ」と
言われていたものの寒さ知らずでした。自作の曲あわせて3曲やって下さって、
心意気にすっかり温まる行動となりました。北海道で自給自足のコミュニティー
作りを軌道に乗せておられるそうです、若者が食えない時代だから、まずは生きて
いかなくてはねと。高江での援農という抗いについて話したりしました。
また、「沖縄のこと、ずっと気になっていました、高江がどんななっているのか、
報道全然されないから。」とまっしぐらに署名して下さる女性二人の姿も。(y)

 

 

⭐️ 1月28日

13筆、8名、カンパ1500円

春節おめでとうございます。🎉中華圏からの観光客がたくさんの今日の河原町三条、京都行動です。こんな多くの方々が訪れ、その経済効果の恩恵を受け期待する町で、何を脅威を煽り「米軍がいなくなれば攻めてくる」などと言ったり言えたりするのか首を傾げるばかりです。国は分断を生むだけだと地球市民ですと署名された方がおられましたが、私たちを守るためと正当化しておいて、軍事(基地)はまさに私たち市民住民を分断していると思いました。分断されてたらあかんあかん。「基地は私たちを本当に守ってくれるでしょうか?私たち住民の生活を危険にするものではないでしょうか?」「世界の軍事超大国アメリカの最大の共犯者である、沖縄を犠牲にして、という自覚を日本に住む私たちは持ったほいがよいのではないかと思います。」京都行動参加者アピールより(k)

 

京都にお住まいの方で、以前にチラシを受け取ったとおっしゃって、署名をしてくださった方がおられました。
「他人事と考えていてはいけない」と言っておられたのが印象的でした。(r)

 

 

 

| 活動報告 | 11:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
2017年1月 vol.99 チラシ⭐️コラム 寄稿「ヘリパッドいらない住民の会」田丸正幸さん

人生を変えた高江

新年明けましておめでとうございます。

皆様にとって幸多からん年となる事を願います。

昨年は高江への多大なるご支援頂きましたこと誠にありがとう御座いました。既にご承知の様に米国の為のヘリパット建設が7/11より狂気と暴力で権力を持った日本政府は沖縄の民意を完全に黙殺し一方的に推し進めました。我々住民の会をはじめ多数の沖縄県民、全国からの支援者があらゆる手段を用い抗いましたが全国から機動隊員を500人も派遣し警察権力を行使し、無法の限りを尽くし抗議の妨害をしました。その間には運動の弾圧の縮小を目論み不当逮捕を繰り返しました。現在も3名の仲間が拘留され続けています。早期釈放を求め署名活動が始まっており既に1万筆以上が集まっております。引き続きご支援賜ります様お願い申し上げます。

 高江に来て今年で4年目を迎えます。4年前の私は完全なる無知でした。高江はおろか辺野古の事すら知ろうとはしませんでした。しかし病気を患い正直死に場所を求め沖縄に流れ着きました。半年余り那覇のホテルに閉じ困り来る日も来る日も死ぬことばかり考えました。季節も暖かくなり当てもなく歩き始め2日掛けて那覇から名護まで歩きました。名護で見知らぬ女性に自転車を貰い受け国道58号線を北上し辺戸岬から東海岸に出て国頭村の奥集落で高江の事を知り興味本位で高江を目指しました。高江では何故座り込みをしているのかレクチャーを受けて実際にオスプレイが低空で飛び回る光景を見た時は驚愕しました。人殺しの訓練を止めろと抗議する人の頭上を米軍のヘリが飛ぶなどその時の私には理解出来ませんでした。それから毎日休まず3か月間N1テントに通い様々な方の話を聞き、現実を目の当たりにして「これはおかしい?何故情報が溢れた大阪に居たのにこの事を知らなかったんだろう?」「政府は不都合な事は国民に知らさないんだ!」と自身が現場を知る事により気付きました。その時の私には時間は無限に有りましたので何か手伝える事が有ればと本格的に座り込みを始めました。毎日が刺激的で沢山の支援者に出会いました。中には著名な方の訪問が有り交流することで感銘を受けました。毎日があっという間に過ぎて行き半年が過ぎた頃には「死にたい」と思うことは無くなり逆に絶対にヘリパットを作らせない一念が自分を支え「生きろ」と思わせました。

 今にして思えば人は変われるそれは真実を見た時だと思います。もう一つの要因は人です。何と言っても高江の住民の方々の懐の深さ。得体の知れない私を受け入れ救ってくれました。皆で助け合い時には喧嘩もしますがそれは皆が本気でこの運動に取り組んでる証だと思います。高江の自然に抱かれてこそ魅力的な人間形成が織り成されていける場所。

 日本全国でオスプレイが飛び回る事は私達の生活が危険と隣り合わせです。高江のヘリパットはオスプレイが主に使用します。そのオスプレイは12/13に墜落しました。この墜落事故は沖縄県民の心を深くえぐり同時に言い表せない怒りが込み上げました。未亡人製造機と海兵隊員からも不名誉な称号で呼ばれるオスプレイ。140人足らずの集落の住民は切り捨てですか?140人は我慢しなければならないのですか?沖縄県民は日本人ですよね?安倍政権は明らかに破滅へ舵を切りました。様々な地域に根を張った問題に一人でも多くの人が声を上げなければなし崩しにやられます。同じ志を持つ者が手を取り合い連帯して今こそ立ち上がりましょう。高江は皆さんをお待ちして居ります。

         

          平成291月吉日 

                           「ヘリパットいらない住民の会」 田丸 正幸

 

| 沖縄から | 17:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
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京都行動★

2004年9月、京都に住む市民・学生が集まり結成した、沖縄の米軍基地に反対する市民運動です。

現在は、毎週土曜日に三条河原町でビラを配ったり、アピールをしたり、普天間基地の「県内移設」に反対する署名を集めたりしています。

「沖縄に基地を押しつけたくない」「戦争反対」…そんな思いを声に出してみませんか?

米軍基地や沖縄への思いをそれぞれの形で表現すること。それが京都行動のスタイルです。京都行動はひとりひとりの思いを大事にしながら、沖縄と繋がることを目指しています。ぜひ、足を運んでみてください!イチゲンサン大歓迎!!

街頭アピール行動in京都
【とき】毎週土曜17:00〜18:30
【ところ】三条河原町商店街の
 アーケード前スペース
※連絡不要、誰でも参加OK!

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nobase.kyoto@gmail.com


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